高いプライドを持つことメリット、デメリット。プライドは必要か、捨てるべきか。

高いプライドを持つことメリット、デメリット。プライドは必要か、捨てるべきか。

プライドとは何か

高いプライドに問題を感じている、低いプライドに問題を感じている、そんな人向けにプライド(自尊心)とは何かを解説していきたい思います。

あなたはプライドが高い方ですか、それとも低い方ですか。まずは、プライドの定義から解釈を考えてみようと思います。

自尊心とは、他人からの評価ではなく、自分が自分をどう思うか、感じるかである[1]。つまり、一時的に快感を与える、知識、技術、財産、結婚、慈善行為や性的な征服、容姿から生まれるものではなく、言い換えれば、外に求めることでも、人に与える印象でもない[1]。競争でも比較でもなく、自尊心の重要な原因は自分とも他人とも戦っていない状態である[1]

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B0%8A%E5%BF%83

プライドは自尊心とか、自負心と呼ばれる感情であり、ウィキペディアでも書かれている通り、プライドとは、「自分が自分をどう思うか、感じるか」ということです。

他人がどう評価しようが、関係なく、プライドは自分自身の問題ということがここから分かります。

その起源には、幼いころに大人から尊重され、価値を認められたか、励まされたかといったことがある[2]。しかし、最も重要な影響があるのは、自分自身で選択したということである[1]。言い換えれば、自分の可能性を実現したいという気持ちから、生き方を変えるということから自尊心が育まれていく[1]

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B0%8A%E5%BF%83

プライドの起源としてあるのが、幼少期の経験が影響していることが分かり、また人生において自分で選択してきた経験というものが、自尊心を育むと書かれています。

ここは重要なポイントですね。

自尊心は、自分が有能であるといういわゆる自信と、自分に価値があるという自尊の2つの要素から成り立っている[3]。研究者によれば、自尊心の欠如は、不安、憂鬱、恐れ、アルコールなどの乱用、成績不振、暴力や虐待、自殺などにかかわっている[3]

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B0%8A%E5%BF%83

自尊心には、2つの要素から構成されるという定義は面白いです。

自分が有能であるという自信と、自分には価値があるという自尊。

ここまでのまとめとして、プライドとは、

・プライドは、自分が自分をどう感じるかということ。

・プライドの形成には生い立ちが大きく影響している。

・幼少期に周りから、尊重された、価値を認められた経験はプライドを育む。

・自分自身で選択してきた経験はプライドを育む。

・プライドを構成する要素は、自分は有能であるという自信

・プライドを構成する要素は、自分は価値があるという自尊

なぜ、プライドは高くなるのか

なぜ、プライドは高くなるのか、それは幼少期の経験とこれまでの人生経験が強く影響していると言えます。

幼少期から周りから尊重されたり、価値を認められた人は必然的にプライドが高くなるでしょう。

これらは、両親の教育方針や、家族構成が影響している可能性があります。

例えば4人兄弟だと、両親一人当たりの目の届く範囲が狭くなるので、価値を認められたと感じにくかったり、尊重されたとは感じにくかもしれません。

一方で、一人っ子で両親の注目を一人で独占できる場合は、自分自身の価値を感じやすかったり、尊重されると感じやすい可能性があります。

ミレニアム世代が、自分自身の価値に拘り、生きがいや目的意識を持つ傾向があります。

この点も、少子高齢化によって両親の注目を集めやすくなったり、より愛情を強く受けて育てられてたという環境が影響している可能性があるでしょう・

また、幼少期から何らかの形で、勉強ができる、スポーツができるなどで、他の人より優れている場合も自分自身は価値があると感じられて、プライドは育まれやすいと言えるのでしょう。

なぜ、プライドは低くなるのか

次になぜプライドは低くなるのかという点を考えてみます。

プライドが高くなるという話の逆の話であり、幼少期の経験が影響している可能性が高いと思います。

周りからの尊重がない場合や、価値を認められていないと感じることが多ければ、プライドは育まれにくい。

現状の教育現場でも、勉強ができる生徒や、スポーツができる生徒が他の生徒や教師からの評価も高く、そうでない子供は、他の生徒に比べて、価値が認められにくい環境です。

このような状況では、あまり価値がない、尊重されていないと子供が感じてしまってもおかしくありません。

ここに多様性を認めるような環境があり、一人一人の個性が認められ尊重されるような環境があれば、そのような生徒でもプライドを育むことができるでしょう。

しかし、現時点では、そのようにはなっていません。

このような教育現場や家庭環境の影響を受けて、プライドが高い、低いといった差が個々人で生まれていると考えられます。

次にプライドが高いこと、低いことに、それぞれどのようなメリット、デメリットがあるかを考えてみたいと思います。

プライドが高いことのメリット、デメリット

プライドが高いということは、自分が有能であると思う自信と、自分には価値があると思う自尊の二つから構成されることであることは説明しました。

私が考える大きなメリットとデメリットは、プライドがその人の行動に与える影響であると考えています。

メリット: 何か行動を起こす強いきっかけ、原動力となる

自分に自信があって、価値があると思うからこそ、それを発揮するためにリスクを取るような行動が出る可能性があります。

自分に全く自信がなく、価値がないと感じていると他の人と違う行動だったり、大胆な選択はできないものです。

例えば、「これまで色々経験していく中で、どの困難も努力で克服してきたという自信と有能感があるので、次はもっと難しいことにチャレンジしよう」、という感覚です。

デメリット:行動が制約される可能性がある

しかしながら、注意しなければいけないのが、「他の人からどう思われるか」という第三者からの評価を気にする場合は、むしろプライドの高さは裏目に出るということです。

プライドとは「自分で自分をどう感じるか」であって本来他人の評価は関係ないのです。

しかし、その自分の評価を他人の評価によって判断してしまう場合には、行動にかなり制約が出てしまう可能性があります。

自信があって、価値があると思うからこそ、行動に移せる可能性はあります。

一方で、自分は実は価値がないと「自分自身で気づく」もしくは「周りがそう思う」ような行動には二の足を踏んでしまう可能性があります。

例えば、「本当は分からないのに、分かるような振りをする」「失敗をしたのに失敗を認めようとしない」「本当はやりたいことがあるが、社会的地位を気にするあまり一歩踏み出せない」などは、どれも周りからの評価を気にするあまり、行動に移せない事例といえます。

重要なのは、プライドがどこから生じているか

上記のメリット、デメリットの比較で分かることは、自信や有能感がどこから生じているのかということです。

それらが、経験に裏打ちされていて、自分自身がそう思っている場合で、他人は関係ない場合は行動力の源泉になるといえます。

しかし、そうではなくて他人の評価、比較によって醸成されたプライドの場合は、周りを気にするあまりむしろ行動の制約となってしまいます。

プライドが高いことが必ずしも悪いことではない

これまで考察をしてきたように、プライドが高いことが必ずしも悪いことではない。そのプライドがどのように醸成されているのか、何を拠り所にしているかが問題であるということです。

もし、他人の評価に基づいて形成されたものであるならば、そのプライドは捨てた方が良いでしょう。

一方でプライドが低すぎるということも問題です。

プライドが低すぎるということは自分自身に価値があるとは思えない状態だったり、無能だと思うことです。

このような状態では、何か新しいことにチャレンジしようとか、積極的に生きようという気にはなりにくい。

確固たる自分に対する自信があると、失敗した時にでも立ち直れる力や、他の人が躊躇するようなリスクのある選択をするなどの行動力を身につけることがあります。

本当に捨てるべきは、他人の評価によって形成されたプライド

さてここまで、考察を進めてきたように、プライドが高いことが必ずしも悪いわけではなく、他人の評価によって形成され、他人の評価に依拠したプライドはデメリットがかなり大きいことが分かります。

具体的な例を比較して以下考えてみようと思います。

プライドが他人の評価によって形成されたA氏の場合

A氏は小学校、中学校、大学と進学校に通い、塾でも学校でも成績は優秀であった。常に成績上位者であったA氏はクラスではもてはやされ、自分は何か特別で価値のある存在であると強く思っていた。

両親もその他親戚も、A氏が優秀だと評価していて、それはA氏も自負していた。A氏は特に他に部活動やアルバイトをする訳ではなく、塾に通い、家ではよくゲームをしていた。

常に学歴という意味でトップを走っていたA氏は、大学卒業後も超人気企業にすんなりと就職することができた。

彼は表には出さないものの、頭の中では、自分は常に社会の中でトップを走っていて、自分は優秀であり、有能で、他の人と違う何か特別な価値が自分にはあると考えていた。

しかし、社会に出てから、彼は戸惑うこととなる。この会社は上下関係の厳しい縦社会であって、自分は特に特別な存在として評価されることもなく、何か特別な価値を提供している実感も湧かなかった。

これまで常にトップで、社会の中では特別な存在であった自分が、没個性な一社員になってしまったのである。

彼は仕事内容に興味が持てなくなり、自分の失敗も認めなかったし、分からないことがあっても相談をすることはできず、自分の殻の中に閉じこもってしまった。

自分は何か特別だと思っていたA氏は、こんなはずはないという現実を受け入れずにいたが、現実をどう打開すれば良いのか分からず、成長ができないまま、会社や上司、同僚の悪いところばかり目を向け、言い訳を続けていた

もちろん彼は社内での評価は低く、個人としての成長も止まってしまっていた。

プライドは高いが、プライドを自分の経験から獲得したB氏

B氏は、小中高、大学と成績上位の学生であったが、特に自分が特別な存在とも思っていない。彼は、部活動に所属していて、チームでスポーツをしていたし、課外活動で飲食店でアルバイトもしていた。

彼は、大学時代の部活動においてはレギュラーを取れずに、悔しい思いをずっとしていた。レギュラーを取るという目標に向けてとにかく練習を積み、晴れて最終学年の年にレギュラーを獲得することができた。

この経験は彼に自信を与え、努力して諦めなければ、目標は達成できるということを学ぶ貴重な経験となった。

飲食店でのバイトでも、かなり厳しいレストランで働いていた、大学を出ていない店長は厳しく、ミスをすると酷く怒られた。

彼は今まで両親からも怒られたことがなかったため、最初は困惑したが、自分の出来なさが招いたミスであることを自覚し、厳しい中でも、店長の意図やなぜ怒られるのか、ということを学習していった。

大学卒業後、一般企業に就職したB氏は、大学での生活と実際の会社での働き方にギャップを感じ、大変苦労した。

しかし、これまでの経験から努力をすれば必ず達成できるという自分の中での自信が身についていたため、失敗はするものの、どうすれば成長できるか、努力をしながら頑張っていた。

怒られることにも比較的慣れていたB氏は、とにかく分からないことがあったら先輩に聞く、ミスがあったら素直に認める、どうすれば成長できるか意図的に考えて努力することにした。

優秀な同期よりも時間はかかったが、いつしかB氏は自分ができることの幅が広がっていることに気づき、また自分に対して自信を持つことができた。

何か自分のことを特別な価値ある存在とは強く思っていないが、努力すれば成長でいる、達成できるという自信は学生時代よりも身についていた。

さてA氏とB氏は実在する人物を参考にした訳ではないが、何やら現実にもありそうな話です。

何が根本的に違うのかという点を考えると、A氏には、経験に裏打ちされた自信よりも、周りからの評価によって形成された自信や有能感の方が強いということ。

またB氏に比べて、活動している社会が狭く、価値基準が狭いということです。

B氏の活動している社会とは、学業以外にまで及ぶ、それらは飲食店でのバイトを通じた世代や価値観の異なる大人との接点だったり、部活動というチーム活動です。

B氏はこれらの活動を通じて、自分が持っていた価値感を多様化させています。

また、B氏はスランプも経験している、それは部活動でレギュラーになれない苦い経験です。

この経験を通して、自分にはコントロールできない現実があることを学んでいます。

しかし、ここで彼は諦めていない、どうすればそれを獲得できるのかと考えた上で、努力を通じてコントロールしようとしました。

その経験で達成したことは彼の中で大きな自信となり、物事は自分の努力次第でコントロールできることがあるということを学びました。

関連記事:自己成長するためには何が必要か。筋トレから自己成長のヒントを得る

他人の評価によって形成された高いプライドを捨てる方法

活動範囲を増やし、様々な価値感に触れる

今いる自分の世界はとても狭い世界かもしれないということをまず理解し、認識しなければいけません。

自分が評価されている世界は、とても狭い世界でしかない。

価値基準はその他にも沢山あり、その価値によっては自分は全く評価されない、自分は特別ではないということを理解する経験が必要でしょう。

学生時代は、どうしても活動範囲、交友関係が狭くなってしまい、その中で形成された価値によって物事を考えてしまう傾向があります。

しかし、世の中には、様々な社会があり、様々な価値観を持った人が働いています。

そういう人に触れる、活動範囲を広げるということは、自分自身を客観視する上も非常に大切です。

関連記事:社会人、出会いの増やし方、出会いのきっかけ探し方、方法論まとめ

あえて、居心地の悪い環境に自分の身を置く

B氏が小さな挫折を経験したように、自分の力ではコントロールできないような現実を受け入れなければいけない経験を詰むことはとても大切です。

自分はこれまで特別、有能だと思っていたが、実はそうではないと感じられるような環境にあえて身を置くという経験です。

これは、当ブログで説明した、「自己成長するためには何が必要か。筋トレから自己成長のヒントを得る」で紹介した、自分に負荷をかけるという経験に等しい。

筋肉が一定の負荷をかけて超回復を通じて成長するように、あえて居心地の悪い環境に飛び込むのです。

この経験は、辛いし、これまで他人の評価を気にしていてプライドを保っていた人からすると、大変居心地が悪い環境です。

しかし、ここで逃げずに現実を受け止めて、自分でコントロールを取り戻す経験が貴重な経験となります。

努力して達成することを通じて、内面の自信をつける

次に、居心地の悪い環境に身を置き、現実を受け入れた後の話です。

今度は、どうやったら、スランプから立ち直れれるかという話。

これは、当ブログで説明した、「自己成長するためには何が必要か。筋トレから自己成長のヒントを得る」に通じる話だが、負荷をかけた後の小さなスランプをどう乗り越えるかという経験。

この経験を通じて、達成することで、努力すれば達成できるという自信を身につけることができます。

また、思考方法も外の評価に依存していた考え方から、経験に裏打ちされた内面に依拠することができます。

最後まで、読んでいただきありがとうございます。

何か記事からエッセンスを取っていただき、一歩でも行動に移し、自分のプライドの殻を破る、もしくはプライドを良い意味で強化して、成長できる人が増えれば嬉しい限りです。

関連記事:目標達成のコツ、習慣の力を活用、モチベーションを維持し目標達成を目指す。